#論考5 [和訳と要約](※Only興味のあるところ)Learning_OpenCV3_Computer_Vision_with_Python_2nd_Edition (1)

※Learning_OpenCV3_Computer_Vision_with_Python_2nd_Edition 
のフルヤ和訳→フルヤ要約(1)(※興味のあるところだけ抜粋)

 

"""
[動画画像_I/O基礎]
フォーマットに関わらず、Pixelは均等な単位を保持している
違いはどのように表現されるか。

"""
#例:2D(NumpyArray) GrayScale
import numpy as np
import cv2

img = np.zeros*1,
int(videoCapture.get(cv2.CAP_PROP_FRAME_HEIGHT)))

# videoWriter constructer
# 引数: filename,videoCodec,frameRate,frameSize(Class:VideoCapture→get()//)
videoWriter = cv2.VideoWriter('drop.avi',cv2.VideoWriter_fourcc('I','4','2','0'),fps,size)

success,frame = videoCapture.read()
while success: # Loop until there are no more frames.
videoWriter.write(frame)
success, frame = videoCapture.read()

////
CF◆ chroma subsampled
クロマサブサンプリング
RGBだけで本来映像を表現する事ができる。
しかし明るさに対してInterestしたほうが人間工学的なので
輝度信号(Y)と2つの色信号(Cb,Cr)を別々に扱う。

CF◆constructer:videoCapture → .get(cv2.CAP_PROP_FPS)
バックエンドでサポートしていない対象の場合、0をしばしば返す
python標準時間測定の time.time()と併用して対策する
[sampleCode]
#時間の経過がなければ…初回にPython時間を杭打つ
#最終書き込みの def exitFrame(self)
if self._framesElapsed == 0:
self._startTime = time.time()
#二回目以降
#初回登録のPython時間から現状のPython時間を引き(1.timeElapsed)
#初回以降incrementされている_framesElapsed で割る(2._fpsEstimate)
#→ _fpsEstimate 割る timeElapsed
else:
timeElapsed = time.time() - self._startTime
self._fpsEstimate = self._framesElapsed / timeElapsed
self._framesElapsed += 1
 

"""

 

【顔追尾とImage操作】tracking / image manupulation on camera

並列する2つのInputを分析することで、リアルタイムでの顔認識を可能にします。
加えて録画済みのデータについてもこれらは適応可能です。
これらStream同士で検出された顔情報をSuperImpose、ブレンドされ
FilterやDistortionがリアルタイムで適応されます。
(The application will superimpose faces from one stream onto faces in the other...)


【オブジェクト志向型の動画分析】
これらリアルタイムでの顔編集はライブパフォーマンス的で、例えばDisneylandのアトラクションなどで多用されます。
OpenCVで動画がImageに還元される際には、SourceやDestinationと関係なく、
ほぼ全て同質にそれらを扱うことが可能です。
どのようにgetされsetされるにせよ、同様のロジックを適用することが可能です。

この際I/OのコードとApplicationのコードは分離して構築されます。
まず、CaptureManagerとWindowManagerというクラス。
ApplicationコードはCaptureManagerクラスを用いて新しいFrameを読み取り、
各フレームを任意の数のoutputへDispatchします。
この際送信されるデータは、
原型のimageFile、再構築されたVideoFile、或いはWindowManagerクラスを経由したWindow用表示データなどです

CaptureManager,WindowManagerは同時に拡張性と柔軟性を持っています。
カスタマイズすることで、OpenCVに頼らず、その他のフレームワークにも適応が可能です。

【VideoStreamの抽象化_CaptureManager】
OpenCVはVideo、Cameraより”Stream of Image”をキャプチャしたり、閲覧したり、操作したりする。
CaptureManagerクラスはそれらデータを抽象化し、Outputまでの流れを担うものだ。
CaptureManagerクラスは、VideoCaptureクラスと共に初期化。
クラス内包として、enterFrame()とexitFrame()Methodを持つ。
これらはApplication内のMainLoop中に呼び出されて機能する。
Applicationは呼び出しの最中に、”channel”Propertyをset,"frame"Propertyをgetするかもしれない

”channel”Propertyは初期値0。マルチヘッドカメラ使用時にことなる値を設定する可能性がある。
”frame”Propertyは、enterFrame()が呼ばれた再の最新のChannel情報に一致するImageデータを格納する。

同時にCaptureManagerは
WriteImage(),startWritingVideo(),stopWritingVideo() Method を持ち、柔軟にあらゆる側面で利用が可能です。
上記のメソッドは内部的処理を進めますが、実際のファイルライトは、exitFrame()の実行まで保留されています。
exitFrame()が実行された際は、"frame"Propertyがwindow表示される場合もあります。

その際、ApplicationCodeはWindowManagerクラスを、CaptureManagerのConstructerの引数として渡す。
或いは"previewWindowManager"Propertyを設定するかどちらかを行います。

もしAppllicationCodeがframeを操作する場合、
その操作は録画されたファイルかWindowの表示データに反映されます。
CaptureManagerクラスは引数とプロパティとしてshouldMirrorPreviewを持っています。
もしデータを鏡像として表示させたい際は、Trueに設定することでhorizontallyFlippedされたデータを表示することが可能です。

VideoWriterクラスがFPSのデータを必要とすることを思い出してください。
しかしながらOpenCVは正確なフレームレートを検出しません。
変わりにCaptureManagerクラスは、frameカウンターとPythonの認識している標準時間を用いることで
これを解決します。Pythonの標準時間は time.time() 関数で、必要となればこれを用いて時間計測を行います。
しかしながらこのやり方は安易なものではありません。
time.time()はシステム依存性があり、FPSは可変的なものだからです。
算出結果は不正確なものである場合も少なくありません。

まずはmanagers.py を制作します。
これはCaptureManager実行用です。

PythonはPrivateを定義しないので
)ここではUnderscoreで定義された変数を用意します。 例: self._enteredFrame.
これらは、現在読み取り中のframeやその他のファイルライト操作に関連したものでデコレータで定義されます
※@property は自分で定義したObjectから値を取得したり更新したり削除したりする。

enterFrame()は、Frameをglab(=Synchronizes)するのみ。
実際のchannelからの保存は後続するframe変数を待つことになる
exitFrame()はCurrentChannelからimageを取得。フレームレートを算出し
WindowManagerを経由してWindowに表示させる。

その一方でチャンネルからの確実な保存は、frame変数の読み込みを待っている。
そして、exitframe()は、現在のチャンネルのイメージを引き受け、FPSを見積もり、もしあればイメジをWindowManagerに表示。
そして保留されている全てのファイルへのイメージ書き込みを引き受ける。
以下に記述するその他のメソッドに関してはやはり(exitframe()同様、ファイル書き込みに関連している。

【cameoClass】
Application部分の実装に関しては、Cameoクラスが実装します。
Cameoクラスは2つのメソッドを持っています。run() onKeypress()です。
初期化の際、CameoクラスはWindowManagerクラスをonoKeypress()をコールバックとして構成します。
run()が呼ばれたとき、ApplicationはMainLoopを実行します。
この時MainLoopではframeとeventが実行されています。

eventの実行結果として、onKeypress()を呼ぶことも出来ます。
SpacebarでScreenshotを。TabでScreenCast(Recording)のStart/Stopを。
EscでApplicationを終了したりといった命令を与えることが出来ます。

Application起動時、Liveカメラのフィードはミラーされます。
しかし一方でscreenshotsやscreencastsはされません。
CaptureManager初期化の際、shouldMirrorPreview をTrueにしているからです。

【Prrocessing Images with OpenCV 3】
遅かれ早かれ、Imageそのものの編集は必要になります。

◆色空間と編集特性
Gray 色情報が極限まで少ないので、FaceDetectionに適している。
BGR 全てのpixelは8bit3列のArrayに格納される。Web系は親和性が高いがRGBの順番で扱う
HSV H:hueはtone。saturationは密集度、valueは明暗

◆BGR
[0 255 255](no blue, full green, and full red) →Yellow
となる。これは光の属性であって、もし絵の具でやったらマッディbrownになろう。
これはBGR(RGB)がadditiveだからだ。絵の具はsubtractiveである。
絵具にメディウムがあるように、monitorのメディウムは光であり、
moniterは光をemitすることでそれを表現するからだ。

【Fourier Transform】
フーリエ変換は様々な画像変換において中核になる。
フーリエは18世紀フランスの数学者で、様々な数学的発見をしている。
中でも熱原則に関する研究に集中しており、彼は全てをwaveformとした。
彼は全てのwaveformは、単純に異なる周波数の組み合わさった類同としたのだ。
言い換えるならば、私体の周囲で確認できるwaveformは、異なるwaveformsの総和なのだということ。
この概念は画像解析においては非常に有用である。
これによってpixelのシグナルが大きく変わる部分を領域境界線として認識することが可能だからだ。
この機能を用いて、ノイズかInterestか、backgroundかforegrandか等が判別しうる。
Numpyライブラリは離散フーリエ変換のMethod(fft2())を実装しており、
この複雑な計算を容易に処理することが出来る。

 

magniturde spectrum はフーリエ変換の原理から構成されている。
これはimageを変化の点から捉えるもので、
最も明るいpixelをcenterに集め、外縁に向けてグラデーションし端部で最も暗くなると考える
とわかりやすい。
この構図に変換することで、
1つのイメージの中にどれだけのlight/Dark_pixelが含まれているか、そのdistributionはどの程度か
を用意に知ることが出来る。

フーリエ変換はImage変換におけるあらゆるアルゴリズムの根本に位置している
例えばエッヂ検出やシェイプ検出。
具体例の簡易的なものとして、まずはHPFとLPFについて見てみたい。

◆HighPassFilter(HPF )

HPFはある領域に対して周囲のピクセルとの差異に応じて
intensityを付与するエフェクトです。
この仕組に酔って、対象範囲内はその他の領域と比べboostされます
言い換えればその部分は顕著に目立つようになるということです。
これは特別優秀なedge detectionです。


◆LowPassFilter
HPFがpixelIntensityを操作するのなら、
LPFは周囲との差異に応じて低い方を通す
これはでノイズやブラーに向いている
最もポピュラーなのはGaussianBlur 
※高周波数のデータを弱める(attenuate)することは、柔らかくする。

CF◆Convolution 畳み込み演算
足し算の結果を足し集める演算。マトリックスで指定される
→Operator,Filter,Mask,Kernel

【EdgeDetection】
Edgeは人間にとってもマシンにとっても重要だろう
Edgeによって私達は、逆光でも物体の種類やポーズを判別、ラフスケッチをする。
OpenCVはたくさんのエッヂ検出フィルターを持っている。
Laplacian(),Sobel(),Scharr()
これらは非エッジ領域を黒、エッジを白か強調色で彩色します。
しかし、これはしばしばノイズをエッヂと認識してしまうので不正確です。
この欠点に関しては、イメージをblurしてから処理を行うことで軽減できます。
blur(),medianBlur(),GaussianBlur()
同時にグレイスケールに変換することも効果的です。
通例

 

*1:3,3),dtype=np.uint8)

print(img)
 
【結果】
array([[0, 0, 0],
[0, 0, 0],
[0, 0, 0]], dtype=uint8)
 
全てのpixelはsingle 8-bit integer 表現される。

つまり、全て0-255の尺度を持つ 

【numpy.arrayの活用】
much faster than a plain Python array.
item() method,
x(left)
y(top)
index:BGRのインデックス番号、色別の抽出が可能
itemset()はarg2に新しいValueを挿入可能

import numpy as np
import cv2

img.itemset( (150, 120, 0), 255)
img[:,:,1]=0 #Gを出力0
 
Python スライス操作について
基礎系
sequence[start:stop]
省略形
[:] → Whole (MutableListを取るときに有能なやり方)
s = "python"
>>> s[-2:]
'on'

【Regions Of Interests】
NumpyArrayIndexingの有効な活用として
regions of interests(ROI)おn策定が有ります。
この領域を変数格納した状態でOperationを加えていく
例えば他の領域への情報コピー等。
→フルヤメモ 自分の衣服に世界をあわせる(リアルタイムで)出来るのではないか?
※my_roi

import cv
import numpy as np
img = cv.imread('MyPic.png')


【Canny/EdgeDetection】
Algorhythm:quite complex but also interesting

1. denoises the image with Gaussian Filter
2. calculates gradient
3. applies non maximum suppression on edged
4. a double threshold on all the detected edges to eliminate false positives,lastly
5. analyzes all the edges and their connection to each other to keep the real edges and discard the weak ones

【Contour detection】
輪郭線検出は単純にそれ自体だけでなく、派生する操作にも必要になる。

roi = img[0:100,0:100]

フルヤ…たとえばこんな風に
roi = img[(pad):(img.shape[0]-pad),(pad):(img.shape[1]-pad)]


【VideoCapture基礎】VideoCapture/VideoWriterの2つのクラスが中核にある
read() によって呼び出されるVideoCaptureは1コマづつ動画の終わりまでframeを吐き出し続けます
→”デフォルトでBGRのimageファイル”(ココ重要)
逆に、書き出し方向はVideoWriterが担当しています。ファイルに情報を付与するのです。

////

import cv2

videoCapture = cv2.VideoCapture('drop.avi')
fps = videoCapture.get(cv2.CAP_PROP_FPS)
size = (int(videoCapture.get(cv2.CAP_PROP_FRAME_WIDTH)),
int(videoCapture.get(cv2.CAP_PROP_FRAME_HEIGHT)))
 
# videoWriter constructer
# 引数: filename,videoCodec,frameRate,frameSize(Class:VideoCapture→get()//)
videoWriter = cv2.VideoWriter('drop.avi',cv2.VideoWriter_fourcc('I','4','2','0'),fps,size)

success,frame = videoCapture.read()
while success: # Loop until there are no more frames.
videoWriter.write(frame)
success, frame = videoCapture.read()

////
CF◆ chroma subsampled
クロマサブサンプリング
RGBだけで本来映像を表現する事ができる。
しかし明るさに対してInterestしたほうが人間工学的なので
輝度信号(Y)と2つの色信号(Cb,Cr)を別々に扱う。

CF◆constructer:videoCapture → .get(cv2.CAP_PROP_FPS)
バックエンドでサポートしていない対象の場合、0をしばしば返す
python標準時間測定の time.time()と併用して対策する
[sampleCode]
#時間の経過がなければ…初回にPython時間を杭打つ
#最終書き込みの def exitFrame(self)
if self._framesElapsed == 0:
self._startTime = time.time()
#二回目以降
#初回登録のPython時間から現状のPython時間を引き(1.timeElapsed)
#初回以降incrementされている_framesElapsed で割る(2._fpsEstimate)
#→ _fpsEstimate 割る timeElapsed
else:
timeElapsed = time.time() - self._startTime
self._fpsEstimate = self._framesElapsed / timeElapsed
self._framesElapsed += 1

【minimum enclosing rectangle】
◆threshold の概念
単純に、閾値より高ければ白(輪郭判定用)、低ければ黒(後景)
 
subjectを包括する最小のrectangle and its circle.
cv2.findContours と他の機能との連携でこれは簡単に達成できます。
◆検出のプロセス
1.Loadしたイメージへのbinary threshold をgrayScaleVersionに適応
→Contour検出は全てgrayScaleのCopyに対して適応される

ret, thresh = cv2.threshold(cv2.cvtColor(img.copy(),cv2.COLOR_BGR2GRAY)
,127,255,cv2.THRESH_BINARY)
[引数]
arg1 Source(grayScale only)
arg2 threshold
arg3 maximum value
arg4 option
[戻り値]
retVal 2値化用閾値
thresh 2値画像そのもの
 
 
●cv2.cvtColor 画像の色空間、imgそのものでなくimg.copy()を変換する
●cv2.threshold のargはGrayscaleのみ
ここのthreshold 値をいじればランタンみたいな動画が出来る。

2.まず全体を覆うシンプルなboundingBox の設定
A. 以下で検出
x.y.w.h = cv2.boundingRect(c)
B. 以下で線画
cv2.rectangle(img,(x,y),(x+w,y+h),(0,255,0),2)

3.次に最小エリアの設定
OpenCVは、最小のrectangleのvertexes(頂点)を検出することは出来ません
なので、最小のrectangle areaを検出し、そこから算出します
この頂点はfloat型で認識されます。
しかしpipxelsはinteger型で認識されます

 

#論考4 クルト=シュナイダー「宗教精神病理」について


宗教と精神医学の関係性については
①確固たる主観的信念
②祈祷(≒常同行為)

上記の特徴から
①精神病との境界線設定が難しい。
②(これ重要だと思う)この中に紛れ込んでしまった病理は検出し難い

かなり古い本ながら、宗教の聖域性については十分は配慮を持った上で
上記の論点を提示している。

【要約とフルヤ考え】宗教の啓示
「私は髪の拡声器である。」「私は神の筆である」といった脱自己化が起きる。
これは、宮本の「病跡研究集成」にあるような「太陽への同一化」の一つの宗教的ヴァリエーションであるようにフルヤには思える。
もしくは、本来ならばアナストロフェ的に「世界の中心」となってしまう病的自己を
宗教の機能的側面が圧倒的な神を置くことで食い止めている、とも言えるのかもしれない。

【要約とフルヤ考え】「懺悔」というものの性質。
懺悔は高い嗜癖性と強迫性を兼ね備えていて、宗教の戦略的装置となっている。
懺悔の中で、利己的な、欺瞞的な、誤謬した表現を用いてないかが気になり、
その訂正をするための懺悔を繰り返すといったプロセスがまま見られる。


【要約とフルヤ考え】狂信者の報告
狂信者は、内面の不全感、不確実さを背景に持つことは他の人格障害的なものと変わらないのだが、
少なくとも表面上は”後ろめたさ”を持ちえないことが特徴で、
”熱狂的だが浅薄な”信者となることがままで、それが社会性を獲得すると”好訴的”性格となる傾向がある。
さらに、一部の狂信者は、啓示的なプロセスを通じその性質を180度展開させて、晩年”食えない”隠遁者となるグループもいる。
というのが面白い。
この流れを考えてみると、フルヤも確かにある種のエキセントリックな男のステロタイプな人生が思い浮かぶ
若い頃の暴力的な性質と強い主張。そういう男が老後とても非社交的な地域に隠遁して、
どうも逍遥としていていかにも悟った雰囲気を醸しているが、
試しに話を聞いてみれば、やはり独善的な独自の世界観に満ちていることがわかる…
そういった人物に心当たりがある人は多いのではなかろうか

 

 

 

 

 

 

 

#論考3 第4の壁を超える時(ボロフチク「愛の島ゴトー」文芸坐シネマテーク)

 

日露戦争開始時、日本帝国海軍が国際法無視、宣戦布告無しに旅順艦隊を攻撃した際。
ニコライ2世は「宣戦布告抜きだと!おお神よ!」と叫んだらしいけれど。
フルヤはボロフチク「愛の島ゴトー」から上記のような脅威を感じた。



架空の独裁者ゴトーの統治する島の話
独裁を滑稽に極度にカリカチュアライズした奇抜な処刑制度(相撲もどきをさせて負けたほうを処刑)や
稚拙な物流システム(トロッコでの汎用的運送システム)が鎖国下で行われており、そこでの愛憎劇を描いている。



この映画にはあらゆるメタフィクションが巧妙に仕組まれていて、
特徴的なのは大寺眞輔先生がトークショーで言っていた、
あらゆるシーンが壁を背景にして行われ、あえて世界が平板で戯画的で人工性が強調されているといったところ



ただ、フルヤにとっては一番衝撃的だったのはやはりヒロインの死のシーンであって、
ヒロインは明らかに劇中で死亡していて、主人公は嘆き苦しんでいるのだが、
ヒロインはずっと目をしばたかせているというシーンがある。
目の瞬きは顕著なもので、無論三文芝居ということはなかろうから、
これもある種の舞台装置として設定したものであることは間違いない。



フルヤにとってはこのフィクションの設定は”脅威的”に感じられた。
冒頭の唐突な日露戦争のたとえ。
予告なしに領土を侵害されたような感覚。



引用【第4の壁】Wiki

------

演劇において「第四の壁を破る」という言葉は、人物や何らかの舞台装置の働きで、
役者達が観客に見られていることを「自覚した」ときに用いられる。
(中略)
最もよく見られるのは人物が観客に呼びかけることで第四の壁を破るものだが、
それ以外にも演技を止めて素の役者の立場に戻ることや、
会話によって、また人物が物語の状況の外にある事物と関わること
(例えば人物が小道具を舞台係から受け取ったり、歌舞伎において観客を地蔵に見立てていじるなど)

によって為される場合がある。

-----


第4の壁を乗り越えるときに、通例壁の存在の抵抗値に応じた儀礼的行動があるのだとフルヤは思う
往年の古畑任三郎を思い描いてくれればわかりやすいけれど、
彼が”こちらがわに越境する”ときには
向こう側の後景はフェイドアウトして、スポットライトが当った暗い部屋に古畑は置かれる。
暗い空間は「観衆の世界と劇世界の中間領域」で、向こう側でもこちら側でもない。
この特殊空間においては最早、古畑も劇世界での純粋な彼ではなく、
劇世界の構造も、観衆の世界の構造も知っている彼なのだ
(劇中において彼がこの領域内での意識を保持しているとは考えがたい)



それは例えば映画Matrixにおける”地下鉄のプラットフォーム”
ここに係累されている存在は、Matrixの住人でなく、現実世界の住人でもない
(同時に”どちらでもある”がゆえに彼らは地下鉄にとどまる)



そういう意味で、ボロフチクのメタフィクションのあり方は「唐突な越境」であるといえ、
それは非常に驚きを以て迎え入れられると同時に、非常に驚異的なものだ。



福島第一原発における「指差し映像」。
フクイチのライブカメラに向かって唐突に指を指しなにかを訴えかける防護服姿の作業員を思い出す。
ヴィト・アコンチ「センターズ」に触発されたものらしく、
「指差すことによって鑑賞者との関係性を変換する」ことを
意図しているときいた。



フルヤにとってこの言明は
「コンセプトと作品がここまでつながるとは」という強烈な経験となった。
コンセプトを知る前に、その意図された皮膚感覚をこれ以上ないくらいに感受していたからだ。



我々は東日本大震災を安全にぬくぬくと春先のエアコンの効いた部屋で見ていたのであり、
それは偽善なしに言えばある種のショーとして機能していた。
その文脈中で唐突に彼がカメラに指弾したのは、「唐突な越境」以外のいかなるものでもなかった。



報道という劇でないものにおいても「古畑的空間と向こう側の空間」というのは区別されていると僕は思う
村上春樹が「アフターダーク」で見事に図示したように「俯瞰された空間」と「主体的空間」は区分されていて
神様の目線で災害を捉えた映像と、当事者がなにかを”こちら側”に語る空間というのは
映像的構造、或いはフッテージそのもので厳密に区分されている。



取材中に誰かに話しを聞く際にも、カメラワークはその人を中心に平面的に再構築され、
後景は”壁”として再構築されるだろう
(災害に”巻き込まれながら”取材を受けるひとはいない)
人間の認知がそうであるように、パースペクティブの基盤再構築は思考のリフレームと同一するとフルヤは考える。


この再構築は古畑的な空間と構造を同じくして。
「向こう側とこちら側の中間にある地下鉄のプラットフォーム」の機能を果たしている。



えてして我々は、安全を確保されている感覚を”こちら側”に係留しながら悲惨な現場を享受することが出来る。
しかしながら、あの”指弾”は、そういう中間領域をすっ飛ばして我々の領域に語りかけたのであり、
それは当然強い脅威の感覚を我々に与えうるだろう。



そして同時に恥じ入る。
我々が”向こう側”を見る際にはそれは当然一方通行であり、それは「のぞき見」の文脈を免れ得ないからだ。
我々はどこかで”ぬくぬくと”悲惨な現場を垣間見していることを知りつつそれを見るのであって、
突然の指弾はそのことをも指弾しうるのだ。



ボロフチクの「明らかに意図的な死んだふり」というのは、この”恥じ入る感覚”に非常に訴えかけるように思う。



ここから大切な部分なのだとフルヤは考えるが、
この”越境”は「私達のプライヴェートなメタフィクショナル性」に「メタフィクショナル的干渉」を及ぼすと考える。



我々は、劇中の死に直面する時(言うまでもないが)「本当は死んでいない」ことを知る。
そのことがメタフィクショナルな安心要素になっている
彼女の死は劇中の死であり、彼女はその後も笑顔で生活を楽しんでいるのだろうという安心感を持っている
(本当の死体だと思い込んでたら直視に耐えない)。

同時に私達は彼女の作り物の死に対してあらをさがそうとしているのであり、
特にSFXのない古い時代の映画において死人がズームにされるときは
どこか片隅で彼女の生の兆候(胸の上下であるとか)を探すのだろうと思う。
それは上記の安心感情の獲得欲求からも来るものだとフルヤは考える。



そこへ来て、彼女はかなり明確に目をパチパチしてみる。
それは、「私は”そちら側のあなたの鑑賞態度を”見ているぞ”」というメッセージになりうるのではないか?
その時、我々は唐突に「安全なのぞき見」から「覗き見られている」という変換を経験し
脅威を禁じ得ないとともに大いに恥じうるのではなかろうか?

 

#論考2 Klaus Conrad Ⅰ「おしっこ爆撃」について(1)

ナチの軍医として、多くの統合失調症兵士の臨床にあたった彼。

彼自身は「私は一般兵卒というサンプルとして平準化された対象より研究することで偏波のない研究ができた」と語るものの。

 

内部的にはそうかもしれないが、全体としてはナチの、しかも敗戦濃厚な時期が強く影を落としていて。

妄想の内容には戦闘や、敗戦後の不安という非妄想的要素がその根幹にある。


誇大妄想としては昇進や自らが戦争をグリップしているといったもの。

被害妄想として罰則や、処刑、捕虜といったものがステロタイプに登場する。
(思考吹入の典型例が近代以前日本は”狐憑き”で、それが”電波”に変わったことを参照してほしい)


その中でも「おしっこ爆撃」の話はとてもおもしろかった。(面白かったといっていいかしらんが)

 

彼は排尿の度に英国本土に非常に有用な爆撃をしたと妄想し、すなわち、自らの尿射出機能は、軍用機の爆撃機能に同期していると考えた。
これはいわゆる「デノテーションコノテーションの錯綜」というやつで、単語及び文中での上位下位の所属関係の錯綜と取れるとのこと。

 

つまり「おしっこ(発射)」と「爆弾(発射)」がそのconotation(周辺属性)のみで繋がり(おしっこの本質的属性(denotation)を”排泄物”。爆弾を”兵器”と考えたときに)
そのまま”爆弾”というdenotationに再接続されるという認知のゆがみのあり方。

これは「古代の思想」とも呼ばれ、言語が強固になってなかった古代においてはこのような思考回路がむしろ標準だったということだ。


(どの本だったか忘れたけど、古代人が「彼は馬だ」という時、それは比喩ではなかったという話。つまり比喩とはメタ(→合理主義的に洗練された?)な”古代の思想”といえるのだろう

同時に、これは児戯に共通して見られる感覚だとフルヤは思うし、たいがい子供の時このような、”主語や述語を無視したなりきり遊び”をした記憶が誰にでもあるのではないか?
今我々がある種の道具(映画とか、ゲームとか、その他あらゆる広義でのVR)を以てしか没入できない仮想を、子供たちがいとも容易く潜っていけるのも、彼らが幼少期の魔力を以て古代の能力を行使しているとも考えられる。


フルヤ的には、それはもしかしたら、ラカンの言うように「世界を言葉で奪取する」このちぎり取りのプロセスの中で、我々もまた世界に少しづつ自由を簒奪(或いはあらゆる金具で拘束)されているのかもしれない、などと思う。

 

加えて、フルヤ的には、一兵卒として病床に臥せっている無力な彼は、この妄想を通じて敗色濃厚なナチに対して代償的に大いなる最前線の貢献をしているのであるし、これは中井久夫の言うところの「妄想のプラスの活用」が働いているように思う。

 

#論考1 睦まじさに関して

例えば、小さい場末のバーで愁嘆場が繰り広げられてて、
怒り狂っているやつ、躍起になって反論するやつ、怯えてるやつ、度量があるので欠伸を噛み殺して退屈そうにしているやつ。


それらが狂騒的な雰囲気を醸し出しているときに、こっそり二人きりの世界に入って、
それらの笑えない場のあれそれをこっそりと自分たちだけの庭に持ち込んで、面白おかしい劇に仕立て上げて、その場で楽しみ、持ち帰って楽しみ、カリカチュアライズして物真似して楽しむ。一種背徳的な秘密を孕んだ聖域を共有すること。


そして例えば、血と精液で汚れた梅雨の布団でさえ、深夜の静謐な未踏査の森の中の清潔な小さな沼であるようなこと。

 

【フルヤレビュー】[映画]「沖縄スパイ戦史」

◆サマリ

沖縄スパイ戦史

監督:三上智恵大矢英代

 

沖縄戦時。

陸軍中野学校による極秘プロジェクト

私服少年兵動員による内部諜報や

本土総力戦の予行ともいえる戦闘への参加を追う映画

 

◆フルヤレビュー

 

腐敗して蛆の沸いた死体より、袈裟切られ刮目した兵士より

古谷が一番グロテスクだったのは、生存者の戦後の話



まだ17歳で戦争から帰った彼が

その後、自室で大暴れして、

畳の上で匍匐前進して敵から逃げ

毎日それを続け、

部屋の端の凹部に、

即席の座敷牢を作られ幽閉された

という話。



「昼も夜も戦争ですよ。」といった

昼も夜も戦争なのだ。



私は政治的リテラシーが全くないから

明らかに政治的意思が内包された映画に関しては

ある種の防壁を張ってから見るようにする

悲惨な映像が含まれるものであればなおさらだ。



だから映画の中で提供されるある種の情報に関しては

政治的情報偏頗を感じで不感症になるようにしている

或いは純然とフィクションとして認識している

(突き詰めていけば、誰かが発信するものはいくら事実ベースでもすべてフィクションである)



しかしこの、畳の上で匍匐前進する元少年兵の話だけは

それが映像記録されていないのにかかわらず最も鮮烈な印象を僕に与えた



加えて、70余年の時を経ていまだに

彼らが魂の何割かはその時代の彼らが少年兵という捨鉢的戦略に駆り出された

ごく短い時間に住んでいるということだ。



90近い老人たちが語りかける、慰霊の木に向かって少年のように、

永遠に少年であり続ける分岐を辿った彼らの戦友

サバイバーズギルドの、終わらない閉塞を見ることができる。



煽情的怒りを喚起させる表現はたくさんあり

僕はそれにニュートラルでいたいものの、語弊はあるけれど

「ある種のフィクションとして」考えさせられるものは、たくさんあった。



そして、僕の中で気づきになったのは

生身のグロテスクな映像と当時の生の声が交差する中に於いて

むしろ映像そのものより彼らの語る抒情的回想のほうが、

一晩経過した僕の中に鮮烈な映像を形成しているというその事実だ。



不謹慎な言い方を勘弁してほしいが

2018年において、

ある程度記銘的記憶を以て戦争経験を語れる(つまり赤ん坊ではなかった)人は

絶滅危惧種になる時期になってきてる

戦争の話を聞きにいくなら今しかない。

ということにも気づかされる映画だった。

映画レビュー「人間機械」

レビュー:人間機械

 

◆サマリ

グジャラート州の繊維工場での生身の労働環境を淡々と写し

児童労働を含めた顕著な労働搾取を訴えかける作品

2016 Rahul Jain

 

◆フルヤレビュー

 

「非常に劣悪な環境を、構図、画質的高度な美しい映像で見せる」

と批評家たちが口をそろえて言う。



大量に生産される煌びやかな布地が、

常に油まみれの不衛生極まりないから吐き出される

それは唯一の清潔さを誇示する

緻密に計算された画面の中では、

常にこの成果物はファーストフォーカスを形成する。

 

ダリの「パン籠」

漆黒の画面に書かれた超現実「写実主義のフランスパンを想起する

 

汚染された肌や、脂ぎった機材や、汚濁した水。

鈍重なタール色のモノトーンの中から美しい綿布が連綿と生産される様子は

仏典で語られる、泥の中より咲く蓮に、古代人が感じただろう神秘性と不可思議さを想起させる。

 

つまるところ神秘的でありながら唯物論的極まりない象徴として機能している。